株式会社Que seran pasaran(ケセランパサラン) 代表取締役社長 瞳ゆゆ さん インタビュー

ジョイスタッフ所属フリーアナウンサー

瞳ゆゆさん

<仕事をするうえで重視していること。仕事のスタイルに影響を与えたできごとやそう考えるようになったきっかけ>

―代役の代役―

 元々、家業が歯医者で、私も歯医者を受け継ぐ予定でした。だけど、小学5年生の時、母と一緒に宝塚を見に行ったことがきっかけで、私も母もすっかり宝塚にハマってしまって……。「舞台に立ちたい!」って思いが強くて、宝塚受験に踏み込みました。父には受験することは言えず、合格してからやっと言えました。父からは、まあ受かったならしょうがないか……みたいな(笑)まずはやってみよう! の精神は思えばこの頃からありましたね。

  • 長年宝塚にいて、1番学んだことは、「努力をすること」です。最初思っていたところと違かったとしても、それは無駄にならないというか、どこかに活きてくるって思います。

 私は幸先悪くて、宝塚に入った当初はブービー……(笑)でも、たまたま代役の代役が回って来た時があって、うまくいった事があります。公演の3時間前くらいに、演出家の方から「(代役の代役を、)いけるか?」と言われて! 即座に「いけます!」と返事しました(笑)なんですぐそんな返事が出来たのかというと、その役を私の憧れの人がやっていたので、ずっとその演技を観察していたからなんです。自分があの役をやるなら…とイメージして、真似していました。私に回って来るはずのない役を、ただ「やってみたい!」という一心で。でも、その練習を、演出家の方が見てくれていたんです。そこからいい役を貰えるようになって、ステップアップしていくことができました。このチャンスを活かせたのは、普段から、メイクや衣装を変える、イメージトレーニングを欠かさず努力するなど、準備をしていたからだと思います。

―セカンドキャリア―

 宝塚をやめようと思ったのは結構ギリギリで、引退4ヵ月前くらい。その時は25歳で、セカンドキャリアを掴むならここかな、と思って。やめようと考えた時、アナウンサーという選択肢が浮かびました。それに、昔たまたま司会の仕事を経験したこともあって、「私アナウンサーできるんじゃない?」と、軽い気持ちで決めました(笑)それに、宝塚退団後は上級生の職をモデルにすることが多いのですが、アナウンサーはあまりいなかったし、新しいモデルとして見てもらえればいいなあと思ったことも、理由の1つですね。そんな感じで、決めたら即行動! の私は、お稽古期間中に、大きなアナウンサー事務所の面接を受けに行っていました。

 そして宝塚を引退し、そこの事務所に受かったはいいものの、タレント性が強く、自分がやりたいと思っていたアナウンサーの趣旨とは違い、半年でやめてしまいました。その後、先輩の紹介で、「ジョイスタッフ」という事務所を紹介して頂きました。ジョイスタッフはアットホームな環境で、私がしたいお仕事ができ、相性がとても良かったので、今でもその事務所に在籍していています。主に経済の番組と、競馬番組のキャスター・リポーターなどを務めています。ですが、アナウンサーとして最初踏み出した時も、宝塚と同じように、最初は劣等生から始まって……(笑)経済のことも、競馬のことも、ほとんど知識がなくて、今では笑って話せますが、番組スタッフの方から「いや~最初はほんとひどかったよね」なんて言われる始末でした。だから、アナウンサーを始めて最初の一年間は辛いことも多かったです。でも、辛くても今までやってくることができたのは、宝塚で努力してやり遂げる精神力・体力ともに鍛えてきた経験あってこそだと思います。

―宝塚音楽学校を受験したいすべての人のために―

 私自身が、福岡県出身の地方受験生でした。宝塚に入ろうと思っていても、受験情報が全然なくて……。当時は今のようにインターネットも普及していなかったので、頼りになるものが願書しかない状態でした。歌・ダンス・面接が受験に必要な事だけは分かっていても、どう練習すればいいのか、受験の方向性も何も分からないまま。とりあえず、小学6年生からバレエを習うことにしました。そして、中学3年生の頃に、受験対策スクールが大阪にあることを初めて知って、月1で通うことに決めました。そこで、宝塚受験独自の雰囲気やレッスンの方法を体験して、びっくりしました。宝塚受験において、こういうのを知っているのと知っていないのじゃ、全然違うことを痛感しました。この経験から、宝塚受験の情報格差をなくしたい、特に、地方出身だからって諦めて欲しくない……。だから、わたしがやろう!と思って、宝塚受験のポイントをまとめたブログサイトや、動画配信、レッスンやダイエット講座などを提供する会社「Que seran pasaran」を立ち上げました。宝塚を目指す、すべての人の支えになればと思っています。

<働き方のスタイル>

 宝塚受験のための仕事をしていないときは、アナウンサーの仕事をしています。「ふつう女の子ってパンケーキ食べたいよねとか考えているのに、仕事のことしか考えてないよね」って言われます(笑)自分でもそう思うし、呼吸するようにお仕事をしてますね。

<こんな人と働きたい>

 若い栄養士さん! 補佐みたいな感じでいて欲しいです。宝塚受験の方で、体形管理としてダイエットも支援しているのですが、宝塚を受験する中高生って、ダイエットに関する正しい知識がないことが多くて、食べないダイエットとかしちゃうんですよね。でも、無理なダイエットをすると、「笑顔を作るのが辛い」とか、本末転倒なことが起きてしまいます。そういう子たちのために、栄養士さんと協力して、小規模なレストランとか、メニュー提供など、新しいことをどんどん進めたいです! なので、なんでもやってみたい! という挑戦する精神がある方だと、嬉しいです。

<若い世代へ向けて>

 自分がやりたいと思った事に全力で、まっすぐに取り組んだほうがいいと思うんです。

 私は一度、挫折をしたことがあります。鼓笛隊のバトンをしたいって目標があって、バトンを買ってもらって練習したんですけど、なれなかったんですよ。でも、後から聞くと、皆さんバトン教室に通っていたんです。独学じゃ限界があったんです。だから、目的が明確にあるならば、色んな人の意見を素直に聞いて、それに向かって正しい努力をすることで、目標まで最短距離で行けるのだと思います。皆さんには、笑顔を忘れずに頑張って欲しいですね。

株式会社Que seran pasaran

https://prtimes.jp/main/html/searchrlp/company_id/39197

https://www.instagram.com/que_seran_pasaran/

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